あらすじ

Bサマーロックの取材に訪れるのは、バツイチのカメラマンとフリー音楽記者の男二人。
恋愛は少々不器用。長年仕事に生きながらも、人間の機微を表現するのが好きな二人が見つめる先にあるものは。
そして暑い中、レポートを仕上げた男たちは打上げに繰り出す。酒は飲めないので、冷たいソーダで。

Bサマーロックフェスティバル ライブレポート(2日目)付き

記者二人の年の差メンズラブで、ライブの余韻を堪能してください。アンソロジー最終話。

著者:boly

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かき氷のブルーハワイのシロップをぶちまけたような空に、絞り出した生クリームみたいな雲がちらばる。
「フェス日和だな。五十近いおっさんがウロウロするには、もうちっと涼しい方がいいんだけど」と、左手はハンドルに置いたまま、煙草をはさんだ右手を窓の外へ出し、ついでにそっちへ煙を吐き出す。
「あっつい日に真っ昼間からビール飲んでライブ観るなんて、最高だよ。ま、アンタとおれは飲めないけど」
「だよなー。けどさ、前にサマソニに行った時かな。すっっっごく暑い日で思わず飲んじゃったんだよ、ビールを」
「撮影で行ったのに?」
「そう。けど、あんまり暑かったから、飲んだ瞬間速攻で汗になった。何杯飲んでもカラッカラで酔わないの。あれはウマかったなぁ」
「おれはダメだ。飲むと一文字も書けない」

運転席の彼、マツウラタダアキはカメラマン。二十年以上のキャリアの中で、特に女性を撮らせるとウマイといわれているようで、この男に撮られたがっている女優や女性シンガーは多いらしい。それもいいけど、おれが今でも覚えているのは、彼がたまたま見かけた選挙演説中の候補者を撮った何気ない一枚。SNSでも話題に上ったその写真は、マイクを握る候補者のまなざしの熱さや、終盤戦の苦闘をにじませる頬の陰、首筋の汗。そんなものを自然にとらえていて、メイクや修正で隠すことのできないその人自身が生々しく映し出されているようだった。彼がライブの撮影を好むのも、そういうものに触れたいからなんじゃないかと密かに思っている。
おれは、音楽誌やウェブサイトに載せる記事を書くことを生業としているライター。川崎健太郎。三十三歳。出版社を辞めて独立してから、主に知り合いの紹介でミュージシャンのインタビューやドキュメンタリー、舞台の宣伝原稿なんかを細々と書いていたおれと、『名前だけだよ』と言いつつも【タダアキ マツウラ写真事務所】を構えていた彼をほぼ同時期に拾ってくれたのが、今向かっている夏フェスのスポンサーに名を連ねるbolyoffice。もっとも、マツウラ氏は拾われるような存在ではなく『あんたぐらいの腕があるのになんでもっと撮らないの? ガシガシ営業してやるから事務所ごとウチにいらっしゃい』というスカウトだった。それが三年前。
おれは彼を知っていたけど、実物を間近で見るのはその時が初めてだった。浅黒い肌も口の周りを囲む髭もくっきりと太い眉も黒々としていて、その彫りの深い顔をまじまじと見ながら、親御さんか祖父母がイタリアかどっかラテン系の人なのかと訊ねたぐらい。ついでにその頃彼は、バツイチになったばかりだった。

「ケンタロー、今日は主にどこら辺にいる?」
「おれはドあたまのレインボーエリアのオープニングアクトを見て、次がゴールドのR、WINGS」
「あ、俺も一緒。WINGS撮るよ。あの、カワイイ顔した二人組だろ? 金髪と黒髪の」
WINGSの名に、謎に食い気味なカメラマン。四十八歳。
「『カワイイ』ってアンタが言うとキモいな」
「ふふん。妬くな」
「妬いてねぇよ。けど、WINGSもRも見た目が華やかで一般ウケしていながら、そこで消費されて終わる音楽じゃないところを志向してるのが、今どきの若者って感じ。みんな賢いよな。あー、でも今日の顔ぶれはみんなそんな感じか」
「アジアのアーティストがアメリカのチャートで一位を獲ったっておかしくないんだから、ガンガン出てきゃいいんだよ」
「いっつもそう言ってんね」
「だって、そうだろ?」
「うん。日本でフェスがスタートした頃って、今よりもっとゴリッとしたメッセージ色の強いバンドとか、良い意味でクセのあるアーティストが目立ってた気がする」
「ふん。そうかもな」
「うん。お客さんも熱心な音楽ファンが中心だった気がするけど、今やフェスは季節の風物詩だよな。アイドルもDJもバンドも、お笑いもある。気軽に楽しめるイベントって感じ」
「そうじゃないと広がんないよな。親子連れで見に来るキャンパーや、フェスに出たくてバンドを組む子達だっているし。フェスで出会って結婚する人もいるんだろ?」
「らしーね。俺らもいつかする? キャンプ」
「男二人で? しないね」
「だよな」
「俺ももうイイ歳だから、ベッドじゃないと眠れないの知ってるだろ。キャンプするより帰ってウチで寝ようぜ」

最近、ことあるごとに「俺はもうトシだから」を口実にしている彼が、微塵も老いぼれちゃいないことなんて充分わかっている。今のボスが拾ってくれた三年前の飲み会で出会った時、彼はバツイチになったばかりで、その飲みの席には前妻も来ていた。『あそこで、この店で一番騒いでいるのが別れた妻』とグラスを持つ手で指した先には、レディー・ガガが「Judas」のミュージックビデオでしていたような派手なメイクがびっくりするほどサマになった女性とその一群がいた。
濃いと思っていたマツウラ氏のラテン系な顔立ちも、ガガ似の元妻の前ではあっさり霞む。深夜のバーで盛大に酔っ払い、場を盛り上げていた元妻を、『おとなしくしてりゃイイ女なのに、飲むといっつもああなんだよ』と呆れながらも気にかけるそぶりをする彼におれはカチンときて、『リコンしたばっかなのに一緒に飲みに来るんだー』とか、『まだ未練があったりしてー』と絡み倒した。その時点でマツウラのおっさんを相当気に入ってしまっていたおれは、ガガの目の届かない店の奥へ、『いいから、あっちで話しましょーよ』と強引に彼を引きずり込んだ。後で聞けば、ガガを呼んだのはうちのボスで、ガガもこの界隈の人間だし円満離婚だったのをボスも承知で、今後も仕事はひとつよろしく的な意味合いがあったのだという。現におれもその後、何度かガガと現場で一緒になった。
おれは、何の自慢にもならないけれど、学生の頃に二、三度街中で雑誌やウェブの読者モデルにならないかと声をかけられたことがあった。「キミ、俳優の○○に似てるって言われない? モテるでしょ!」「有名になったら人生変わるよ」という甘言にまったく魅力は感じなかったし、女の子に告白されたことも何度かあったけど、まったく食指が動かなかった。それよりも、二十歳そこそこで男に泣かされてばかりの人生を変えたかった。けれど、そんな見た目の良さも三十歳にもなればゆっくりと、確実に劣化する。

マツウラのおっさんを店の奥に引きずり込んだ後は、そのまま彼のマンションへなだれ込むことにした。今思えば何を焦っていたんだろう。目の前に現れた、まれにみる自分好みの男をどうにかしたかったんだろうけど、あえなく撃沈。何のフレグランスかは知らないけど、良い匂いのするふかふかの彼のベッドに倒れ込む頃には、酔いもスッカリ醒め、おれは一枚も服を脱ぐこともなく、隣で寝ていて欲しいはずのおっさんは、ベッドの脇の小さなスツールに座って煙草をぷかりとやりながら『自分を安売りするな』『きみは女性とは違うだろう?』とおれをなだめていた。たしか、彼の部屋に着いてすぐ、『アンタは、女抱く時みたいに挿れればいいだけだから』とおれが言った。それはうっすら覚えていた。
それでも、日頃取材相手に「川崎さんって見た目はおとなしそうなのに、案外押しが強い人なんですね」と言われるぐらい強引で諦めの悪いおれは、その後も何度か同じパターンを繰り返した。ある時、二週間ほどの海外出張を終えた後で、無事に帰国したことを報告しようと彼を呼び出した時、おっさんはビールを注文する前におれの好きなカンパリソーダを二つ並べて、口をつける前に真面目くさった顔でこう言った。
「俺さ、気づいちゃったんだよ。若くて、生意気で、鉄砲玉みたいなきみが可愛くて。好きになっちゃったんだって」
そして、こうも言った。
「酒の力を借りなきゃ言えないようなことは、本心じゃないんだよ。俺の場合はな」
その夜、久しぶりにもぐりこんだ彼のベッドは相変わらず良い匂いがした。

【続きはアンソロジーにて】


著者:boly (bolyoffice)

https://www.pixiv.net/users/16183986

こっそり裏話:りんごあめと白雪王子の同人誌でキャストインタビュー記事をかいてくれたのも……実はbolyofficeの記者さんなのです(中の人)
WINGSとは長いお付き合い。これからもよろしくお願いします。

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